コラム|キックミーゲームは無意識!トラブル続きの嫌われ人間と低い自己肯定感

コラム
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これまで好かれる人と嫌われる人をたくさん観察し分析してきた。

好かれるのには理由があるし、嫌われるのにも理由が存在する。

とりわけ嫌われる人には、わかりやすい共通点があった。

それは彼らの中の大半が、心理的なゲームを無意識に仕掛けているということだ。

心理ゲームとは、カナダの精神科医エリックバーンが交流分析上で分類した概念

心理ゲームのひとつに、キックミーゲームというのがある。 「キックミー」の文字通り「さあ、私を蹴ってください!」という意味である。不快な結末を引き起こす人との交流をさす。

「なんで、わざわざ自分を痛めつけ傷つけるアンハッピーな方向に持っていくの?」と、尋ねたくなるような不気味なゲーム。

具体例を挙げれば、

  • わざと時間に遅れて遅刻をする
  • あらかじめ決めたルールや締め切りを守らない
  • いくら注意されても同じようなクレームを起こす
  • 楽しい雰囲気を己のネガティブな言葉で一瞬にしてぶち壊す

などとなる。

興味深いのが、キックミーゲームを仕掛けている当人は、まるでその自覚を持ち合わせていないというところだ。

  • 最初は仲良くできていたのに距離が近づくとこじれ、最後は罵り合って破局するのがパターン化している人
  • 四六時中、人を不愉快にさせる言動をして、最終的には見捨てられてしまう人。

彼ら彼女らの多くは「なぜか自分はいつも嫌われてしまう」「他人を怒らせてしまう」という自覚があるものの、根本原因やそのプロセスに気づいていない。

つまり学習のしようがないため、改善できないまま大人になって、同じ失敗を何度も何度も繰り返してしまう。

子供が仕掛けるキックミーゲームであれば、まだ多めに見てくれるものの、成人してからやってしまうキックミーゲームは厄介だ。

「いい年して、なんでこんな子供じみた言動を……」と相手を呆れさせてしまう。

SNSでの挑発的な書き込みや、ネットのコメント欄での他者に不快感を与えるようなヘイト系コメントもキックミーゲームの一種と解釈できる。

そういえば堀江貴文氏に対して、人権を侵害するような書き込みをしていた人が、堀江氏本人からDMで「これ以上やるのであれば、法的な手続きをとってあなたを訴えます」と勧告された途端、「自分は精神状態が良くなくて……」と、弁解し始めたという話を堀江氏のYouTubeで聞いた。

これなんかもわかりやすいキックミーゲームである。

堀江氏をはじめとする有名人に因縁をつけて一方的に攻撃しても、その人の人生は根本的に何も変わらない。一時的にはカタルシスを覚えるかもしれないが、それは中毒性を伴っているため、その行為がアディクション化すること自体、かなり危ないのだ。

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しかしそれでも、気を引きたくて無意識に法に触れるような言動でもしてしまいかねないのが、キックミーゲームの恐ろしさだ。

自身の中にある、愛されなかったチャイルドが騒ぎ出して抑えきれないのだろう。

精神的なガス抜きに利用されやすいネットの世界は、夥しい数のキックミーゲームが日々、展開されている

経験則で恐縮だが、自分が信頼できる人から、しっかりと愛情を与え続けられてきた人は、キックミーゲームを仕掛けることが少ないように感じる。

もし人から嫌われやすい人が、自らのキックミーゲームに気づき、改めることができれば、その人の人間関係は劇的にポジティブなものに変化していくであろう。

「運の正体は人脈」という言葉がある。

キックミーゲームを仕掛けてしまう人に対して、親切にしたいという人は恐らく皆無だ。よって良い話や、前向きな案件というのは基本的に持ち込まれない。

キックミーゲームを続けることで嫌われ避けられ、ずっと孤立している人も少なくない。

自己肯定感を上げることによってキックミーゲームが終わるのか、それともキックミーゲームが終わらせることによって、自己肯定感上げることができるのかはコロンブスの卵のような議論だ。

いずれにせよ、キックミーゲームを無意識に続けている人間の人生は生きづらいし他者から好かれる可能性は極めて低いといわざるをえない。

自己肯定感を上げて、成功体験を積み重ね自己効力感をどんどん上げていくことで、脱キックミーゲームができるようになるのではないだろうか。

 

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