ドアスラムを選ぶ人にはいつも、静かで深い悲しみを抱えている。
INFJの僕たちには、特有のパターンがある。そのパターンを知ることは、自分自身を守るためにも重要だ。ここでは、繊細な僕たちがどんな時に「もう限界」と感じ、心の扉を静かに閉ざしてしまうのか、いくつかの事例を交えながら綴ってみたい。
①人と関わりすぎて限界を迎えたとき
INFJは決して人間嫌いなわけではない。むしろ人との深い繋がりを大切にする。ただ、人と関わるという行為そのものが、とても疲れるのだ。
多くの人が人間関係に疲れるのは当然のことかもしれないけれど、INFJは楽しい交流やポジティブな刺激でさえもエネルギーを大きく消耗することが多い。一見静かに見える僕たちの頭の中では、いつも多くの考えが交錯し、まるで止まらない車輪のように思考が回り続けている。そのため、交感神経がいつも高ぶり、なかなかリラックスできない。
特に、INFJの中でも刺激を求める性質を持つHSS型HSPとの親和性が高いと、まるで「アクセルとブレーキを同時に踏んでいる」かのように、楽しさと疲労感が同居する状態に陥りやすい。気づいた時には、「もう無理…」と静かに心の扉を閉ざすことになる。
②自分の限界を無視した自己犠牲
INFJには利他的な性格を持つ人が多い。「困っている人を見過ごせない」という衝動が強く、他人の苦しみをまるで自分自身のことのように感じ取ってしまう。その結果、心理的なバウンダリー(境界線)が曖昧になり、どこまでが自分の問題で、どこからが他人の問題なのか分からなくなる。
気づけば他人事を全て自分事として背負い込み、心も身体も限界を超えて疲れ切ってしまう。そんな極限状態に達した瞬間、僕たちは静かに「ごめんなさい、もう無理です」と扉を閉ざすのだ。
③自己愛の強い人間による搾取
INFJにとってもっとも警戒すべき相手は、歪んだ自己愛を抱えた人間だ。過度に自己中心的な人たちは、優しく繊細な人間を見つける嗅覚が異常なほど鋭い。そして、彼らの要求や欲求を満たすために、僕たちを容赦なく搾取していく。
自己愛の強い人間に狙われてしまったINFJが、自分のエネルギーや善意を骨の髄まで搾り取られる例は、悲しいことに珍しくない。そんな状況に置かれたとき、僕たちに残された手段は「ドアスラム」という静かな抵抗しかない。
最後に
INFJがドアスラムを選ぶとき、それはいつも断腸の思いだ。
扉を閉ざした瞬間、心に解放感を感じる人もいるだろう。だが一方で、罪悪感に苛まれ長く立ち直れない人もいるはずだ。しかし僕たちが自分自身を守るために選ぶドアスラムを、ネガティブに捉える必要はない。
ドアスラムというパターンを理解し、それを未然に防ぐ術を身につけることこそが重要だ。自分の許容量や、長期的に付き合うことが難しい相手を理解することは、自分を大切にするための一歩だと思う。
扉を閉じることは、自分の心を守るための切実で大切な行動なのだと、僕は信じている。
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